ブログ — City to City Japan

グレイトリー デイミアン

グレイトリー デイミアン

グレース教会開拓ネットワーク東京のディレクター。妻の詩子との間に3人の子どもがいる。ツイッターのフォローはこちら

祈りたくない人がいる時

祈りは難しい人間関係において平和を保ったり修正するための力強い命綱であるにもかかわらず、往々にして私たちはそれを活用しきれずにいます。欲求不満、怒り、距離感を持つ代わりに、祈ることで私たちは困難の只中へ神を招き入れるように促されます。それは神に私たちの心を練り直し、神の心を反映するものへと形づくってもらうためです。しかしイエスが命じた「敵を愛し、敵のために祈る」という教えは、私たちの本来の傾向とは全く対照的です(マタイによる福音書5章43-46節)。

年末のご挨拶

私たちの親愛なる友である皆さま

この1年を振り返り、私たちCTCJの業績が世界的に注目を浴びるようなものではないということは自覚しています。私たちが目にした実りと思えるものはどれも、皆さんの文脈ではそれほど注目に値するものではないかもしれませんが、私たちにとっては奇跡的な出来事の連続でした。

もつれた罠:アイデンティティから仕事を切り離す

最近ある人からこんなことを聞かれました。あなたは日常の中で、どんなことをどんなふうに祝うかと。私は一日の終わりに振り返り、祝うべき具体的な事柄を書き出すという習慣をもっていると答え、そんな自分に満足を覚えながら前の晩のリストを思い出しました。声に出して読み上げてみると、どれも仕事上の目標を達成した事ばかりでした。私は愛する家族や長年親しくしている友人に囲まれている。それなのになぜ仕事以外のことを祝っていないのだろう? なぜ祝うのが仕事のことばかりになっているのだろう? ふとそう思わされました。

“The Ministers Fainting Fits”

Charles Spurgeon is known for speaking the language of ordinary people. This short book is no different, and has nothing to do with impressing ivory tower academics. Here is a husband, father, evangelist, author, editor, and college president, asking “Are we not all a little off balance?”

心に響く説教とは (パート2)

心に響く説教とは (パート2)

私たちは、何か取り上げられてもそれほど好きでないものなら、悲しいと思いません。逆にそれほど好きでないものをもらうと、嬉しくないのです。欲求や喜び、恐れや悲しみは、それぞれ愛の表れです。心に届く説教とは、聴衆の心に潜んでいる愛がどんな姿か、またその「愛」がどんな行動として現れるかを知ることから始まります。これをもとにカタイ氏は、ティモシー・ケラーが提案した、心に届く説教をするための実践的な方法を二つ紹介しています。