対談「チームオベリベリ」 

日本での教会開拓。一口に言っても、地域によって文化的歴史的背景が大きく異なります。日本の多様性を知るために、今回はグレイトリー詩子(パラカレオトレーナー)と廣橋麻子(CTCJスタッフ)による、「チームオベリベリ」(乃南アサ著 講談社 2020)のブックレビュー対談をお届けします。

ー今回この本を読むことになったきっかけは?

A:詩子さんとは普段から面白い本の情報をシェアしあっていて、沖縄に関する本(「宝島」真藤順丈 講談社文庫 2021)を勧められて読んだり、又吉直樹さんのブックレビュー本(「第二図書係補佐」幻冬社よしもと文庫 2011)をもらったりして、楽しい交流がありました。いつか同じ本を読んでブックレビューできたらいいなと思ってたところに、たまたま新聞の書評欄で見つけて読んだらよかったので、詩子さんに勧めてみました。

U:そうそう、麻子さんにすすめられて図書館で最初に手に取った時には分厚さにびっくりしたけど、北海道の開拓がどんなのだったのか知らなかったので新鮮でした。

ー674ページの大作! 読後感は?

U:最初に借りてきた時は、子どもたちの入学の時期だったから、結局延長して1ヶ月借りてたけど、3分の1も読めてないまま返却しました 笑 でも、やっぱりどうなったか気になって、半年後にもう一回借りて読み終えました。女性の目線で書かれていたのも良かったし、この世の旅人であり寄留者である自分も、やっぱり一歩一歩行くしかないんだな~、それがいいんだな~と。

A:確かに長かったね。家事や仕事の合間にちょこちょこ読んで、でも返却日直前はもう斜め読み! もともと私はドキュメンタリーやノンフィクション、エッセーが好きで、それは登場人物に共感や反発を感じると自分自身に対する共感や反省としても、よりリアルに感じられるからなんです。でもあんまり生々しいと辛すぎることもあるので、実話をベースに著者の脚色が入っているこの本はバランスがよかったです。映画を見ているみたいに入り込めました。

ー最も印象に残ったのは?

U:主人公カネの姿かな。カネという登場人物は、江戸末期に生まれ、父が武士として仕えていた藩を失って身分も財産も失くすという転機を10代前半で経験する。幕末から猛スピードで西洋化する横浜で教育を受け、思春期の自己形成がなされるんだけど、結婚を機に北海道開墾に加わっていく、その色々なことをその身に甘んじて、というか受け入れて、神さまに頼りながら生きていった人。自分に与えられていることを人のために使いたいと思って働くんだけど、プライドもあって葛藤するところとかも含めて印象に残りました。それと、どの登場人物もその人なりの戦いがあって、それを乗り越えていくところかな。

A:そうそう、そういう意味でも最後のシーンは印象的でした。ネタバレにならないように言えば、カネがそれまでも含めて自分の人生の意味を見出すような場面でした。あとはアイヌの人たちとの交流が、開拓の厳しい日常に新しい希望を与えるようで印象に残りました。

ー最も感情移入できた登場人物は?

U:やっぱりカネかな。私はカネほどできた人ではないけれど、何かことあるごとに「天主さま」って祈らずにはやっていけないところとか、落胆してしまうところとか、それでいて立ち直るところも、地道なところとか、うんうん、うんうん、わかるよ、って思いながら読みました。カネは、自分が子どもの時に父親が耶蘇教の神を信じるようになったことで彼女自身もキリスト教の神を信じるようになったんだけど、クリスチャンであることが、あまりにマイナーなことと気づいていても、この神さまを信じて当然みたいな自然さも、クリスチャンホーム育ちの自分と重なったかな。

あとは、子供について大きな後悔と淋しさに覆われているリクにも自分が映るところもあったな。そしてそれが他の人への苦々しい気持ちに変わっていって、失望と後悔の穴から出られない、みたいなところが、私が落ち込む時の感じとよく似ていて、うんうん、それは辛いよね…と思いながら読みました。

A:確かに! カネとリクは対照的だけど、どちらも自分の中にあるような気がします。それで言ったら娘を心配する現実主義のカネの母上の気持ちもわかるような気もするし…当時の女性たちの苦労は想像しきれないけれど、開拓チームを支える妻たちの立場それぞれに共感するところがあったかも。

ー最も感情移入できなかった人物は?

U:カネの兄上。あまりにも良い人すぎた、笑

A:銃太郎さんね。私はカネの夫の勝さん。実行力や粘り強さはあるんだけど、本当のところは何を求めている人なんだろうって。この夫婦、会話してるけど伝わってるのかなとか。

U:カネ、いつキレるんだろう~って、

A:そうそう、なんだか読んでてジリジリしました、笑

ーこの本を読んで得た新たな発見とは?

U:広大な大地に酪農も農業もそして漁業も盛んで、自然豊かで美味しいものに溢れる北海道、というイメージしかもっていなかったので、開墾の話がとても新鮮でした。そしてそれがそう遠い過去ではなかったこと、多くの人の人生の物語が繰り広げられていたこと。

A:そうだね、そしてタイトルにあるように開拓にチームが必要という点。問題が起こるのも解決するのも、人がいるからこそ。誰一人として欠かせない存在だけど開拓にはそういう理想をときに許さない厳しさや、新しい出会いや交流、発見、希望がある。チームの一人として開拓に従事すると、開拓そのものの成功や失敗を通して、一人一人が取り扱われること。

ー教会開拓関係者にとって、この本のどんなところが参考になると思う?

U:北海道開墾と教会開拓で色々重なるところがあると思います。

たとえば、終わりがないところ。不作が続いたかと思えば、日々の、毎年の努力でわずかな実を結ぶ時の喜びがあったり。期待があれば失望もある、エネルギーがあれば疲労困憊もする、どんな日だったとしても、今日が終われば明日が来る。そして長い歳月が経って振り返ると、こんなに開けてきたんだね、道がなかったところに道ができたね、こんなに成し遂げたんだね、って思えるんだけど、毎日はものすごく地道で、自分の命が終わる時になってもまだまだ未開地があるってところ。

それから、チームオベリベリにも、それぞれの役割とそれぞれに違った葛藤や要求や目的や、やるせない気持ちがある。立場に伴う犠牲の形が違っていたり、人によって担うことや担えることが違っていることも、開拓チームや牧会チームと重なります。経済面で投資する人たちがいて、それを管理する人がいて、ただ田畑を耕しながら開拓の最前線で自然と戦いながら生きる人がいる。お互いに譲れないことがあったり、それぞれの立場で成し遂げなければならないことは違っていたりしても、お互いがそれぞれ置かれているところを理解し合えると良いなと思います。そして、みんなが同じ方向を向いている、っていうことも大切かと。

本の帯にある、「私たちの代が、捨て石になるつもりでやっていかなければ、この土地は、私たちを容易に受け入れてはくれない」っていうカネの言葉、なんか、私たちもこの日本や社会を見て思うかもしれないけど、「生きた供え物」として生きていくってどういうことかな、って考えさせられました。

A:そうだね、開拓の厳しさやチームの協力とか重なる部分ありました。あと、教会開拓者として読むと、キリストが究極の「捨て石」になってくれたという最初の愛に戻り続けて、そこから希望を取り戻すことを思い出せるかなと。そういう本来の自分を見失わないところがカネにはあったような気がします。新約聖書のマリヤが受胎告知からイエスの成長期、何かあるたびに「心に留めておいた」というのを、カネの姿を見ていて思い出しました。

ーあなたにとって読書とは? 

U:私はもっぱら小説ばかりを読んでるけど、それは、気分転換、現実逃避、ズームアウトのため。つまり、自分の問題や直面していることなどを、自分目線だけで思い込む、という誘惑を断ち切ってくれるもの。他の人の考えや苦しみを聞いて、「あぁ、そうだよな、私だけじゃないんだな、みんな頑張って生きてるんだよね」、って思えるものですね。一般の本が多いけど、中には創造・堕落・その人たちなりの贖いや救いとかの神のストーリーがどこか反映されているるところもあって面白いです。クリスチャンでもクリスチャンでなくても、「人」に与えられている理性や感情や、「人」の願いや願いすぎになってる願望を、一つのストーリーの中で見ると、「そうなんだよね」と思いを寄せると同時に、みんなもイエスと出会えたら良いな、って初心を思い出させてくれるところも。私にはイエスがいる人生があるっていうことへの感謝を一層感じさせてくれる、ありがたいものです。いろんな作者がいて、いろんな作品があって、いろんな世界を味合わせてくれる貴重な時間

A:お~、情熱が伝わる! 私にとって読書は、あたらしい世界への扉を開けてくれるもの。実はこの本を読んでアイヌのことが気になって歴史民族博物館の展示を見に行ったり、本(「映し出されたアイヌ文化」)を買ったりしました。アイヌの神送りという儀式、ちょっとキリストの十字架と重なって見えてすごく興味が湧きました。読書は詩子さんのように気分転換やズームアウトとしても助けられるけれど、たとえば後味悪い本を読んじゃったときも、「なんでこんな風に感じるのだろう?」と自分の先入観や価値観に向き合うきっかけになったりもします。

グレイトリー詩子

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廣橋麻子

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廣橋 麻子

神奈川県横浜市出身。神社や寺に囲まれた下町で育ち、アメリカの片田舎で洗礼を受ける。国際基督教大学大学院卒業後、出版、翻訳、教会開拓に関わる。訳書に「ジーザスバイブルストーリー」「放蕩する神」「偽りの神々」「結婚の意味」「イエスと出会うということ」など。夫、信一(日本長老教会)がプロジェクトマネージャーであるセンターチャーチの翻訳担当。