「なぜシティカタリストに?」

「私はなぜシティカタリストになろうと思ったのか?」

この問いかけに答えることに長く時間がかかりました。その理由は私に“答え”がなかったのではなく、私に“キレイな答え”がなかったからです。

シティカタリスト in 千葉

CTCJで「シティ・カタリスト」という言葉を初めて聞いた時、その意味が分からず、辞書で調べたほどでした。カタリストという言葉には「触媒」とか「変化・反応を促進させるもの」といった意味があります。それでなんとなく「シティ・カタリスト」のイメージはつかめてきましたが、具体的にはどんなことをするのか、その役割が分かりません。色々と考えていくうちに、同じ都市で活動している牧師たちと交流し教派を超えて協力し合うことかなと思いました。それぞれ神学的な理解の違いがあるので一緒に礼拝をするのは難しいかもしれません。でも福音を伝えるために一緒にイベントを開催したり、互いの問題や課題などを分かち合って、祈りあうことはできるんじゃないか、などと考えました。けれども、手始めに何をしたらよいか考えあぐねて、なかなか行動に移せませんでした。

シティカタリスト in 大阪

日本はクリスチャン人口がわずかで、クリスチャンとして成長を阻むものも多く、教会や牧師の数も減少していると言われています。そこに住む私たちはこの状況を二つの視点からとらえることができます。一つは悲観的にとらえ落ち込んでしまう見方。もう一つは変えられた者としてもう一歩前に進み、あえてリスクを犯してでも変化を促すエージェントになる時期と前向きにとらえる見方。