前回は、福音を自分自身の存在、人生、自分自身の『文化』にどう文脈化していくかを学びました。福音の贖いのストーリーの5つの要素(創造、堕落、贖い、刷新、そして完成)を自分自身に当てはめ、以下のような質問を問いかけながら、福音を適応してみました。
●神が本来創造しようとした理想の『自分』はキリストにあってどのような存在なのか?
●罪によってその『自分』がどのように壊れ、堕落しているのか?
●キリストご自身と福音によって、どのように神の創造のイメージが贖われ、回復・刷新し始めているのか?
●どのようにキリストにあって完成に向かっているのか?
ではこの福音のストーリーによる文脈化の5つの要素を使い、私たちの社会や文化に問いかけてみましょう。以下のようになります:
創造:私たちの住むこの社会や文化は、本来どのように神の国と本来あるべき神の創造を反映するものだろうか?(この文化で、聖書の価値観に共通する部分はなんだろうか?)
堕落:その壊れている部分はどこだろうか? どのように壊れているだろうか? 神という存在を排除し、神の代用品を使って必死に機能させようとしている部分はなんだろうか?(その文化・社会で、福音の概念と矛盾し、衝突する要素は何か?)
贖い:その文化や社会の本当の問題に、イエスの福音の概念だけが与えられる解決とは何か?
刷新:私たちクリスチャンは、その福音が示す社会や文化の問題に対して、どのように贖いの働きの一部となれるだろうか?
完成:私たちクリスチャンは、どのようなビジョンとゴールをもって、未信者と共に、共感できる回復・完成に向かって歩めるか?
今回は、その一部を一緒に見ていきたいと思います。
文化に入る:
まず最初に大切なのは、私たちが自分の文化や社会と向き合うとき、その文化の悪いところを批判するのではなく、共感できること、賞賛できることを見つける姿勢です。そのためにはまず自らその『世界に入る』必要があります。
このように考えて見てください。他の文化から日本に来た外国の方が、いきなり日本の文化の悪い側面だけを指摘し、不満を言い始めたらどうでしょうか? 日本人としてまず自分の文化に対して自己防衛的になってしまうのは当たり前です。偉大な宣教師だったパウロ自身もこの『共感しようとする姿勢』はしっかり持っていました。1コリント9:18-23では、パウロはこのような文脈化のための自分の姿勢を表現しています。
興味深いことに、ここでパウロは律法の下にあるユダヤ人のように、律法を持たない人たちのように、と彼らの文化に『入る』にあたって、『無報酬で福音を提供し…自分の権利を用いない』と18節で説明しています。
実はこの概念は、前回学んだことに共通しています。私たちが自分自身のアイデンティティの形成を神によってではなく、周りの文化、社会、環境などによって形成しているのであれば、私たちがどんな良い行いや奉仕をその文化のためにしていても、それは自然と、根本的には自分自身のため、自分の権利を用いて行う、自己形成という動機になってしまいます。
別の言い方をすると、その文化や社会の何かが自分を形成する要素となり、そしてその要素が福音により指摘され修正されなければならない場合、それを指摘できない自分が出てくるということです。文化や社会に自分の存在や人生が掛かってしまっているということは、客観的な視点でその文化・社会の良し悪しを見られないのです。
私は、日本生まれの日本人ですが、日本の文化が嫌いだった時期がありました。日本から外国の文化を見た時、なんで日本はもっとこのようにならないのだろうか? と思っていました。しかし実際に海外に住み始め、海外の文化の良し悪しを経験する中で、海外にはない日本の良い部分も見えてきました。その時初めて、自分が育ってきた日本文化を客観的に見ることができました。このように、私たちは自分の文化を真のあり方で客観的に見るために、その文化から霊的、感情的にも一旦『解放され』、別の視点で見られるようになる必要があります。
では霊的そして客観的に自分の文化に向き合いながら、文化に入り、共感できる価値観を見つける過程とは、具体的にはどのようなものでしょうか?
それは神様の一般恩恵のなかで、部分的に聖書的に同意できる概念を、その文化の中で見つけ、賞賛し、またそのために彼らの理解できる言葉や印象を使うことです。
例えばどんな文化にも、必ず『物語』があります。映画やドラマ、小説や漫画、アニメにも、彼らの人生の希望や夢、また苦しみや問題の中で求める答えや解決を反映しているものが多く見られます。そして、実は多くの場合、そういった物語は、今まで触れた『創造、堕落、贖い、刷新、完成』の要素を含んでいます。
既に完結している漫画ですが、僕は少年ジャンプの『ナルト』が大好きで数年前までよく読んでいました。そのストーリーを要約すると興味深いことに、明らかにこういった要素が含まれているのです。(以下少しネタバレになるかもしれません。。。)
ナルトは、生まれながらにして大きな可能性と能力を秘めた赤ん坊として生まれます。父親は忍者の里で一番偉い忍者、母親は特別な能力を持っている、そんな夫婦の間に生まれた息子、ナルト(創造)。でもそのような立場の両親だからこそ、悪の存在に狙われてしまい、結果二人は自分の息子に絶大な力を託し、自分の命を掛けて守り死んでしまいます。両親を知らずに、しかも自分の中に埋め込まれたコントロールできない可能性と力の使い道をわからずに生きていくことになったナルト。そのために周りから阻害され恐れられ虐められながら生きています(堕落)。自分は愛され認められていないのではないかと思いながら、必死に自分の価値を示そうとしますが失敗に終わり、憎しみや苦しみに葛藤する日々。そんな中、彼は自分を受け入れ信じてくれる仲間に出逢います。そして、自分のことを本当に思い愛してくれる先生や師匠にも出逢い、更には自分の両親が偉大な存在だったこと、自分は本当は人々の希望だったこと、更に重要なことに、自分は既に心から愛されている存在だったことに気づきます。苦しみの中、裏切られたり、失望しても乗り越える固い意志を得て、友のために生きる決意をします(贖いと刷新)。そして最後には、自分の忍者の里どころか世界を救い、父親と同じ忍者の里の長になります(完成)。
ざっと見てもわかるように、共感できる人生の要素はたくさんあることが分かります。もちろん全ての物語が、福音のストーリーの要素を全部反映しているとは言いません。でも部分的には、必ずどれか一つだけでも表している場合がほとんどです。必ず叶って欲しいと願っている素晴らしさや理想の状態や希望や夢(創造という本来あるべき姿)、必ずそれを妨げる闇や問題や悪の人や概念(堕落)、そしてそれを解決するヒーローや救世主、また変化に導く出来事やきっかけ(贖い)、そして完成に向かう途中での葛藤や苦しみを通しての成長(刷新)があります。
そういった要素を、自分の周りの人々、文化、社会、アート、音楽、環境でぜひ見つけてあげてください。そして、彼らのストーリーや人生をもっと関心を持ち、聞き、知ってください。心から彼らの夢や希望に同感し、同時に痛みや苦しみを感じてください。そしてどのようにすれば、そこに真の解決と解放を福音によってもたらすことができるのかを全力で考えてみてください。
私たちはいつもそのような姿勢でいられるのでしょうか? もしできるとしたら、それは私たちの真の救世主、イエスが既にそうしてくれたからだと思います。イエスは、私たちの世界に『入ってきて』くれました。しかも神という超越した存在が、一番脆く壊れやすい赤ん坊という状態で入って来てくれました。それは、私たちの弱さ、苦しみや葛藤、誘惑、些細な喜びや幸せ、希望や夢、私たちの人生の全ての要素と共感し理解しようという姿勢です。私たちの立場に立つどころか、私たちの人生そのものを生きてくれたのです。
ここに文脈化の最初の姿勢が示されていると思います。私たちクリスチャンが、そのようなイエスの愛と姿勢を体験しているなら、自然に文化に入ることができるはずです。イエスの中にある者として、パウロが説明するような、自分の権利を行使しないものとして、謙遜かつ大胆に、傷つくことを恐れずに自分の文化と向き合えるはずです。
ですから、キリストにあって励ましがあり、愛の慰めがあり、御霊の交わりがあり、愛情とあわれみがあるなら、あなたがたは同じ思いとなり、同じ愛の心を持ち、心を合わせ、思いを一つにして、私の喜びを満たしてください。何事も利己的な思いや虚栄からするのではなく、へりくだって、互いに人を自分よりすぐれた者と思いなさい。それぞれ、自分のことだけでなく、ほかの人のことも顧みなさい。キリスト・イエスのうちにあるこの思いを、あなたがたの間でも抱きなさい。キリストは、神の御姿であられるのに、神としてのあり方を捨てられないとは考えず、 ご自分を空しくして、しもべの姿をとり、人間と同じようになられました。人としての姿をもって現れ、自らを低くして、死にまで、それも十字架の死にまで従われました。
ピリピ人への手紙 2:1-8
次回は、どのようにその文化の内側から福音によってチャレンジしていくかという点に触れたいと思います。
ではまた!
著者 木村竜太
Ryuta Kimura
イギリスのリージェンツ神学学校卒業後、10年以上に渡ってイギリス、スイス、そして日本の教会で様々な牧師の役割を経験。6年前、東京吉祥寺にダブルオークロスチャーチを開拓し、今日まで主任牧師を務める。家族はスイス人の妻パトリツィア、娘2人 (アイアーナメイ、しおん)。東京生まれ、千葉、イギリス、スイスに住み、現在は高円寺。
学歴: リージェンツ神学学校卒業 / OM トレーニングセンター 終了 / シティトゥシティトゥ 集中トレーニング、トレーナー、説教マスタークラス終了。