2022年京都インテンシブに参加された橘直己・ひろ子夫妻は京都出身。教会学校から通い始めた教会で出会い結婚、長年信徒として過ごしてきましたが、ある宣教師との出会いをきっかけに3年前から京都市中心部での教会開拓を始めることになりました。直己さんは若い頃にクラシックの声楽の道を志したこともありましたが、その後は大阪に行政書士、社労士事務所を開き、ひろ子さんと3人のお子さんを育て上げました。ひろ子さんはそんな直己さんの信仰を近くで見ながら「自分で教会を始めたらいいのに」と思っていたそうですが、実は直己さんの心の奥にある無意識の思いは「支配されたくない」。厳しい家庭環境の影響もあってか直己さんはいわゆる神様からの召命からもどこかすり抜けていきたいという自由への欲求があったらしいのです。
ひろ子さんの表現によると「大きな波にのみ込まれたよう」だった3年前の開拓へのプロセスは、まるでヨナの物語を地でいくようです。そんな2人がインテンシブを紹介され参加することに。既に長年教会で牧師や宣教師として働いてきた多くの参加者の中でも異色なお二人。そこでの講義や対話は非常に刺激的だったそうです。自分の生育歴を含めた過去や、伴侶に対する意外な発見、様々な背景の参加者に対する敬意、2週間とにかく「インテンシブ」に考え続ける中で受ける気づきや願い。そんな経験を振り返って、ひろ子さんに続き今回は直己さんが寄稿してくださいました。
インテンシブを振り返って良かったことを書こうとしたら、妻に先を越されてしまいました。ブログを読んでいろいろ参考にしたい方のためにも内容が被っていては申し訳ないなあと思い、現在進行形の内容を小説風な表現を含めて書くことにしました。
ミニストリーデザインについてのモジュール(講義)の時、教会形成をいかに地域の文化に文脈化させるかという問いについて考えていました。終盤にプレゼンテーションをしなければならないことがわかっていたので、それを意識して掘り下げていたのです。教会開拓をして3年がたち、この機会を得たことは天啓でした。まさにこのタイミングで取り組まなければならない課題だったからです。
私たちの教会は、世間からみると「へー、そんなことがあるんや」と言われるほどに不思議な成り立ちでした。このあたりはあまり参考にならないと思うので、一言で表現すると「天地万物の創造主は、必要なものや人を世界中からかき集めて、ご自分の教会を建てられる」ということになります。そこには人間側の努力は1ミリも混じっていません。むしろ私は邪魔ばかりしていたのかもしれません。
私はある日、突然牧師となり、羊を養い育てるようイエス・キリストから委託されました。それから怒涛のような3年が過ぎ、初めて2週間の「インテンシブという名の休暇(?)」をいただきました。ここで改めて「福音とは」「教会形成とは」「文化への文脈化とは」などについてじっくり考え、祈り、思い巡らす機会をもつことができました。
そして、トレーニングの後半でプレゼンテーションをするにあたり、私が育った「京都」という町に向き合わなければなりませんでした。すると、途轍もなく長い歴史と深い文化に押しつぶされそうになったのです。果たして私に「京都」を語れるだろうか。ましてや、先達の方々が戦ってこられた霊的な敵に対して、何かしらの陣を敷くことができるだろうか。私は早々に諦めることにしました。(笑)
そこで変化球を投げることにしたのです。「教会のようでない教会をデザインしよう!」これが今回挑戦するコンセプトです。一見どこから見ても町屋カフェでしかないと思われるような教会堂をデザインして、実際にカフェとしても営業するという計画です。というのも、京都の人たちは古いものと新しいものを融合させることを好むからです。「不易流行」と言うそうですが、変えてはならないものと変えていくべきものを掛け合わせることに「京都らしさ」の本質があるというのです。そこで古い町屋を改装して、おしゃれなカフェのような教会堂をつくり、カフェに来てくださったお客さまが、自然に福音に触れることができるしかけをつくります。名づけて「ザ・ブリッジ」、世の中と教会を繋ぐ橋となる場所です。わたしたちは「ザ・ブリッジ」を通して、この地域で働き、生活している人たちが「何を求め」「何を恐れ」「何に価値を置いているのか」知ることができるのです。ちなみに京都市民はコーヒー豆の一世帯当たりの購入量が全国一位です。
さてその「ザ・ブリッジ」では・・・これから、私が思い描いたことを、小説風に分かち合いたいと思います。
数年前に京都の大学を卒業し、四条烏丸のビジネス街で働く私は、毎朝「ザ・ブリッジ」に行く。ここのモーニングサービスがお気に入りだ。ここの店員は少し変わっていておもしろい。鼻ピアスをした外国人留学生だろうか、鼻歌を歌いながらラテアートをしてくれる。どうやら最近流行のワーシップソングというものらしい。彼女が曲名や歌詞を紹介してくれたけど、英語だったのでよくわからなかった。ここは注文するときに少しコツがいる。タブレットに向かって、聖書の有名な一説をつぶやかなくてはいけない。音声認識ソフトが起動して、うまく原文どおりに表示されるとグッドマークが表示される。これで5%OFFになる。
モーニングサービスは「いのちのパン」と「いのちの水を使ったラテorコーヒー」とメニュー表示されているけれど、実際には何が材料なのか怖くて聞いたことがない。店内にはいろんな種類の椅子やソファーが置いてあり、どこに座ってもよいのだけれど、私のお気に入りは中庭に面した椅子だ。そこは自然光がちょうど良い加減で差し込んでくる。中庭にある「吾唯足知」の蹲(つくばい)もなかなか奥が深いし、十字架の灯篭もおもしろい。聞けば京都には隠れキリシタンの歴史がそこここに残っているそうだ。静かに耳を澄ますと、ゴスペルソングが読書を邪魔しない程度の音量で流れてくる。書棚にはキリスト教関連の本がたくさん置いてあって、貸出自由とある。小説好きの私は三浦綾子のものを数冊借りたことがある。貸出帳のようなものは一切なく、いつでも借りて返すことができるシステムらしい。このあたりが実に緩くていい。店内を見渡すと、自習している大学生や、何かのミーティングをしている年配者、子連れの主婦もいて、まるで我が家のようにくつろいでいる。私はこの雰囲気がとても気に入っている。独りでいるときよりもむしろ落ち着くのが不思議だ。実はもうひとつの楽しみがここにはある。盗み聞きしているわけではないけれど、ときどき聞こえてくるイエス・キリストに関する話にとても興味を惹かれる。なにか宗教染みた話ではない、ライフスタイルのような説得力がある。そして話している皆さんがとても率直に意見を交わしている。時に涙ぐんだり、笑ったり、ハグし合ったりと、日頃あまり見ることができない光景がここではごく日常的なのだ。
とある朝、遅寝してしまった私は10時頃に初めて日曜日の「ザ・ブリッジ」に行ってみた。なんだかいつもと様子が違っていた。いつもラテアートをしてくれる彼女に声を掛けると、にっこり笑って「ようこそ、ヒズ・プレゼンス・チャーチのモーニングサービス(朝の礼拝)へ!」「いつものにしますか?」とたどたどしい日本語で愛想よく言ってくれた。「随分上手になったね、日本語」というと彼女は照れ笑いをした。私はいつものように音声認識ソフトに今日の文章を話しかけ、グッドマークを確認してから中庭に面した例の椅子に座った。今日はなんだかモーニングサービス目当ての客でもなさそうな人たちが多く、奥の方では楽器の練習かなにかをやっているので不安になった。そこでトイレに立つついでに、もう一度店員の彼女に聞いてみた。「今日もモーニングサービスやってるよね?」店員は相変わらずの愛想の良さで「お待たせしました」と言ってモーニングプレートを渡してくれた。わたしはそれをもって座り「いのちのパン」を口に運んだ瞬間、皆が立ち上がって歌い始めたのでびっくりして椅子から滑り落ちてしまった。あの店員がすかさずやって来て私に言った。「ガッドブレスユー! 神様の祝福がありますように!」
さて、これがどこまで実現するのかまったく見当もつきませんが、現在進行形でそこに向かっています。これを書いている12月12日時点で米国の二つのファンドに改装費用と運転資金の支援を申請中で、町屋物件も探索中です。ハードルは決して低くありませんが、前進することを選択しました。理由は明快で、そこにしか扉が開いていなかったからです。この一風変わったクリスチャンたちを京都の町と文化がどう見るでしょうか? 宗教としてではなく、京都の文化の一部として受け入れてくれるでしょうか? 実は四条烏丸というところは祇園祭りの支援者たちの街「鉾町」が集まっているところです。その代表的な鉾に函谷鉾(かんこほこ)というものがあります。その前掛けはキリスト教が禁令であった江戸時代にベルギーから寄贈されたものだそうです。構図は、イサクの妻を探すためにやってきたエリエゼルが、リベカから大きな壺を差し出されて水を飲んでいるものです。当時の京都の人たちは、まさかこんな大きな壺から水を飲むことはないだろう、きっとお酒を呑んでいるに違いない。それならば祭りに使うのに最適だと考えたと言うのです。
こうして聖書の物語は祇園祭の中に溶け込み、今もその異彩を放っています。私たちも京都の文化の中に入り込みたいのです。内側から福音が染み出してくるように神の国が拡がっていくことを願っています。将来、この「カフェのような教会」が京都の人たちに受け入れられ、多くの人たちがモーニングサービス(?)を受けに来ることを夢見ています。そのとき、突然立ち上がって説教し始める私に驚いて、目の前に座っていたお客様が椅子から滑り落ちるでしょう。
「おっとお客様、お怪我はありませんか? ガッドブレスユー!」