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牧師という職業に馴染みのない人には、日曜以外に牧師は一体何をしているのか想像もつかないかもしれません。入院している人をお見舞いに行くとか、事務所で周りの人と話すとか、日曜の説教の導入を考えたりするというイメージでしょうか。実際には、牧師が神からのことばを携えて日曜の朝、会衆の前に立つためには、実に様々な時間的制約があります。
とは言っても、それぞれの牧師によってその1週間の過ごし方はまちまちでしょうから私が皆さんに提案するのは、誰にでもできる簡単で効果的な説教準備の方法です。ミニストリーという働きは常にスケジュールに変更が生じます。それを念頭に置きながら、私が一週間どう過ごしているかを紹介し、私たち牧師が説教についてどのように継続的に成長できるかについて具体的な提案をしたいと思います。
説教準備へのアプローチ
私が説教準備で気をつけていることは、その先に何があるかをいつも見据えるということです。通常この先一年から一年半くらいの期間、どの箇所を扱うかは決まっているので、基本的な枠組みは頭にあります。これはいつも他の牧会スタッフと相談して決めていますが、それは私たちが神のことばからの助言を確実に十分に伝えることを目標としているからです。信仰告白と、その他のジャンルとのバランスも保つように努力します。例えばボストン、シティライフ長老教会の過去の説教スケジュールを紹介しましょう。
2010年1月から5月 第一ペテロ
2010年6月から8月 旧約 物語
2010年9月から2011年8月 ルカの福音書
2011年9月から2012年5月 神との出会い(旧約を中心に様々なジャンルから)
2012年6月から8月 知恵文学
2012年9月から2013年5月 第二コリント
こういったスケジュールがあると、説教箇所が重なってしまうことはありません。また説教者の十八番のトピックや、その時特に関心のあることを説教するよりも、説教箇所そのものから語ることができます。
さて説教箇所は決まっています。それではそこからどう説教すればいいでしょうか?
火曜日
私にとって説教準備は火曜の朝から始まります。説教担当スタッフ(副牧師、伝道師など)を集めて説教についてのディスカッションをします。2時間半くらいかけて説教箇所を読み、話し合い、その箇所から自分たち自身が整えられるように祈ります。そのディスカッションの中で、私たちはともに以下の二点に焦点を当てています。
メインポイント:この箇所から特にわかる文脈的な意味は何か? 著者の意図は? この箇所のそれぞれのセクションはどう連なりあっているか?
ビッグアイディア:この箇所は、聖書全体の1つの物語としてのプロットラインにどのように当てはまっているのか? どのような救いの歴史的な糸がテキストの中に見出せるか? (この要素は、福音の入り口を見つけるためには不可欠なものです。ここではその箇所が聖典のマクロな文脈と交差し、キリストが贖いの歴史の究極の成就と見なされています。 話し合いが終わる頃には、説教の基本的な概要、説教がどこに向かっているのかの大まかな見当がついているはずです。)
火曜日の午後、約4時間かけてミクロな文脈のルートを辿ります。原語を見て、談話分析を行い、テキストの論理的な流れを把握しようとします。単語の研究や文法分析も、テキストの主要なアイデアを決定するのに役立ちます。この時点ではまだ注解書にあたりません。「専門家」を呼ぶ前に、テキストと格闘することが不可欠です。さらに、このような解釈的な作業によって、作者の意図を見落としたり、適用へと急ぎすぎるのを防ぐことができます。
水曜日
会議やカウンセリングの予約、その他の牧会的責任があるので、水曜日は説教の準備は通常保留にしています。この日は説教内容を思い巡らし、御言葉が私自身に影響を与えるようにしています。
木曜日
木曜日の約4時間、その聖書箇所を研究したものを集め、聖書の中に交錯して現われる(インターカノニカル)テーマについてより詳しく見始めます。その中で私が注目するのは、聖書のプロットライン上のドラマチックな緊張、キリストがどのように成就、解決、あるいは完了であるのかという点です。私が探している一般的なインターカノニカルテーマには、王位、恵みと律法、創造/堕落/贖罪/新生、偶像崇拝、結婚/誠実さ、安息日の休息、正義/裁きなどがあります。
注解書などを参考にするときも、この点が気になります。意外かもしれませんが、ここで私はそれほど専門的な注解書にあたりません。解釈学を研究してきたので、福音と応用のつながりを見つけるために、より一般的なレベルの本や解説シリーズを利用しています。 『ティンデール』(Tyndale)、『The Bible Speaks Today』(The Bible Speaks Today)、『The Gospel According to the OT』(The Gospel According to the OT)などがこの点では役に立ちます。これらのタイプの解説書のうち三、四冊は牧師の書棚に揃えておくといいでしょう。説教シリーズの中で特定のテーマを扱っている他の本や記事を見つけることも大きな助けになります。
金曜日
金曜日の朝は応用に向けてエンジンを切り替えます。私は会衆の一人一人の心について考え、応用できる点を考え、自分の生活の中でもこの箇所について祈り続けます。この箇所ではどのような心の偶像が取り上げられているか? 自分が悔い改め、神に、また誰かに謝らないといけしないとしたら、どのようなことに取り組む必要があるか? クリスチャンと懐疑論者の両方にある不信仰に福音を伝えるにはどうしたらよいか? このような適用のため、また文脈に沿って考えるために、私の場合、アトランティック紙、ニューヨーカー紙、ニューヨーク・タイムズ紙、地元の新聞などの出版物にアンテナを張っておくことが助けになります。またそういう出版物で話題になっているノンフィクション本のトップ4、5冊をチェックしておくのも有益です。どれも教会に集まる人々の文化的な動きを常に把握しておくため、また私たちの世界はどんな考えによってかたちづくられているのかを話し合う上で役立ちます。
金曜の午後は、草稿を書き上げます。完全原稿ではなくアウトラインに近いものです。
土曜
土曜日は終日、家族と過ごします。そして夜は、祈りを込めて3時間ほど原稿を読み返し、最後の微調整です。
日曜
私の説教準備の最後のステップは、日曜日の朝6時から9時までの祈りの時間です。目標は、キリストを掘り下げること、キリストを崇拝すること、キリストを適用することの三つです。このことを念頭に置いて、日曜日の朝、福音を語りながら、キリストを讃え礼拝することができるように祈ります。
そしてそのキリストだけが、人々の心と生活に変化をもたらすことができるのです。
ここから学べること
1. テキストを聖書全体につなげる
私は説教準備を通して、聖書の大きな物語の中に、説教箇所の大筋を繋げることがいかに重要かを学びました。説教者として駆け出しの頃、説明的な説教とはいわゆるその地域の文脈でどのように考えられていたかを伝えることだと教えられていました。これがイエスの解釈の仕方ではないことに気づかせてくれた人たちが何人もいます(ルカ24章、ヨハネ5:39、45-47)。メレディス・クライン、グレッグ・ビール、エドマンド・クラウニー、ドン・カーソンなどです。このことに気付かされ、以前は道徳主義的な傾向があった私の説教は、より贖罪的で歴史的、キリスト的なものへと変化しました。
2. あなたの人生を人々の生活につなげる
若い説教者はしばしば毎週説教の準備に18時間を費やすといった高い理想を掲げます。もちろん研究と準備が重要で不可欠ですが、信徒が直面している痛みや試練を知ることなしに、その説教が実りを見せることはないでしょう。あなたの説教が会衆への愛と憐れみから来るものなら、彼らがどんな状態かを知る必要があるのです。福音を宣べ伝えるとき、会衆を理想の場所に連れて行こうとするのではなく、今置かれているまさにその場所で、彼らに影響を与えられるように、会衆の日常を理解するように努めましょう。
3. 常に学ぶ姿勢を養う
キリストと福音を伝えるという極めて重要な責任において、あなたはいつでもそのアプローチを洗練させ、改善できます。そのために二つ提案します。
どんな説教者からも学べ、だが真似をしてはいけない 「これが自分なのだ 」と 認識しなければならない。私はロイド・ジョーンズじゃない、パイパーでもない、自分のスタイルと声に慣れようとすること。
建設的な批判なら受け入れること、しかしそれに気を取られすぎないように。説教中の声の抑揚について、聴衆が気になるあなたの何気無い癖や仕草を微調整するためなら、配偶者や友人また同労者が大いに助けとなるでしょう。しかし、ジョン・ストットの次のようなアドバイスを覚えておいてください。以上の提案を実践するための唯一の方法です。
4. 説教ではなく、キリストのうちに、自分のアイデンティティーを一貫して見出す。
あなたが語る福音こそ、あなたを定義するものです。それが確かに良いとわかるためには、味わってみなければなりません。説教をするようになって最初の100回の出来はあまり良くないでしょう。そんな中で福音以外に何があなたを支えてくれるでしょうか。
説教することが自分のアイデンティティーにならないように、自分の心に向かって福音を語り続けなければならないのです。自分の業績への評価で気分が上がったり下がったりしないように。人が自分の説教を褒めてくれると気分が良く、失敗したと思ったときにひどく落ち込むなら、説教自体が偶像として機能しているかもしれません。
最終的には私たちは、パウロがⅠテモテ4:10で語っている目標に向き合い続ける必要があります。「私たちが労苦し、苦闘しているのは、すべての人々、特に信じる人々の救い主である生ける神に、望みを置いているからです。」
著者
スティーブン・ウム
スティーブン・ウム(セント・アンドリュース大学博士号取得)は、マサチューセッツ州ボストンのシティライフ長老教会の主任牧師。福音文化センターの所長兼エグゼクティブディレクター、Gospel Coalitionの評議員を務めています。著書に Micah for You: Acting Justly, Loving Mercy。妻のキャスリーンとの間に3人の子供がいる。
Sermon Prep: A Week in One Life
For those unfamiliar with ministry, the pastor’s work week can be mystifying. What is there to do besides visit a few folks in the hospital, talk a few others in your office, and prepare a little talk for Sunday morning? In reality, pastors face many competing demands on their time as they work toward that moment on Sunday when they stand before the congregation with a word from the Lord.
Every pastor’s week looks a little different. So I can offer you no foolproof method for effective sermon preparation. Indeed, ministry typically results in a consistently shifting schedule. With those qualifiers in mind, here is a glimpse of what my weekly approach looks like, followed by some suggestions for continual growth in our preaching.
APPROACH TO SERMON PREPARATION
One key to my sermon prep is always having an eye toward what is ahead. At any given time, I know the basic structure of what we’ll be preaching on for the next 12 to 18 months. This is usually decided in consultation with other pastoral staff members who help to ensure that we are preaching the full counsel of God’s Word. We look to maintain a balance between the Testaments and the various genres of the Bible. An example of how this works out can be seen in the preaching schedule at Citylife Presbyterian Church in Boston over the last two years or so:
Jan. 2010 to May 2010: 1 Peter
June 2010 to August 2010: OT Narratives
Sept. 2010 to August 2011: Gospel of Luke
Sept. 2011 to May 2012: Encountering God (various genres, mostly OT)
June 2012 to Aug. 2012: Wisdom Literature
Sept. 2012 to May 2013: 2 Corinthians
With a schedule in place, you’re never scrambling for a text. You’re also letting the Scriptures determine what you’re going to preach, rather than returning to your favorite topic or doctrine of interest.
Now that I have my text, how do I go about preparing to preach on it?
Tuesday
For me, sermon prep starts on Tuesday morning when I gather my preaching staff (assistant pastors) for sermon discussions. We meet for about two and a half hours to read the text, talk it over, and pray that it would begin to shape us. During our discussions, we are collectively looking to find two things:
The Main Idea: What is the micro-contextual meaning of this text? What is the authorial intent? How do the various sections of the text hang together?
The Big Idea: How does this text fit into the one-story-plotline of the whole Bible? What redemptive-historical threads are present in the text? This element is essential in helping us find the gospel entry point: where the text intersects with the macro-context of the canon and Christ is seen as the ultimate fulfillment of redemptive-history.
By the end of our discussion, we will have determined a basic outline for the sermon, a general idea of where the sermon is headed.
On Tuesday afternoon, for about four hours, I continue down the micro-contextual route. Here, I’m looking at the original languages, doing discourse analysis, and trying to get a handle on the logical flow of the text. Word studies and grammatical analysis are also useful at determining the main idea of the text. I have not yet gone to any commentaries; they are usually consulted late in my preparation. It is essential that we wrestle with the text as it stands before calling in the “experts.” Furthermore, this exegetical work keeps us from missing authorial intent or moving too quickly to application.
Wednesday
Sermon prep is typically on hold Wednesday when meetings, counseling appointments, and other pastoral responsibilities call for my attention. I use this day to sit on the sermon, allowing the Word to affect me personally.
Thursday
For about four hours on Thursday, I take what I’ve gathered from textual study and begin to look closer at the inter-canonical themes in the text. I’ve got my eye out for ways in which Christ is the fulfillment, resolution, or completion of the dramatic tensions in the Bible’s plotline. A few common inter-canonical themes I might be looking for include kingship, grace and law, creation/fall/redemption/new creation, idolatry, marriage/faithfulness, Sabbath rest, justice/judgment, and so on.
This is also the point when I consult commentaries and other books. Perhaps surprisingly, I don’t go to the technical commentaries all that often. Because I’ve done the exegetical work, I use more popular-level books and commentary series to help me make gospel and application connections. Tyndale, The Bible Speaks Today, and The Gospel According to the OT are all helpful series in this regard. Three to four of these types of commentaries should be on every pastor’s shelf. Finding other books and articles that address particular themes in your sermon series is also a great help.
Friday
Friday morning signals a shift toward application. I think about the hearts of individuals in my congregation, consider potential points of application, and continue to pray the text into my own life. What heart idols are being addressed in this text? What are the apologetic issues that will need to be addressed? How can I preach the gospel to the unbelief in the hearts of both Christians and skeptics? A great way to be thinking along these applicational and contextual lines is to keep an eye on publications like The Atlantic, The New Yorker, The New York Times, and your local newspaper. I also find it helpful to keep up with the top four or five non-fiction books creating conversations in these publications. All of this helps me keep my finger on the cultural pulse of the people in my church and leads me to interact with the major ideas shaping our world.
Friday afternoon is the point at which I write up a basic manuscript—-not a full narrative, but something more akin to an outline.
Saturday
All day Saturday I spend with my family. Then, on Saturday night, I prayerfully read over the manuscript for about three hours, making small, last-minute adjustments.
Sunday
The final step to my sermon prep is a time of prayer on Sunday morning from 6:00 a.m. to 9:00 a.m. The goal of all my preparation is to do three things: expound Christ, adore Christ, and apply Christ. With this in mind, I pray Sunday morning that while I am preaching the gospel, I’ll be able to exalt and worship Christ who alone can bring about change in the hearts and lives of his people.
Lessons Learned
1. Connect Your Text to the Whole Bible
Throughout my ministry, I’ve come to learn the importance of connecting the main idea of the text into the big story of the Bible. When I first started to preach, I was trained to understand expository preaching as simply communicating the main idea of the local context. There are several people who helped me to see that this was not Jesus’ hermeneutic (Luke 24; John 5:39, 45-47), and they urged me to see how the meaning of a text ought to fit into the one-story-plotline of the Bible: Meredith Kline, Greg Beale, Edmund Clowney, and Don Carson among others. This realization has moved my preaching, which formerly tended to be moralistic, to become more redemptive-historical and Christo-telic.
2. Connect Your Life to the Lives of Your People
Young preachers often hold high ideals of spending 18 hours in sermon preparation each week. While significant study and preparation is essential, it may be largely unfruitful if you don’t know the pains and trials your congregation is facing. If your preaching is to be marked by love and compassion for God’s people, you must know them. Understand their lives so that when you preach the gospel, it is affecting them where they are, not where you imagine them to be.
3. Cultivate a Posture of Constant Learning
You can always refine and improve upon your approach to the extremely important responsibility of heralding Christ and the gospel. Here are two suggestions:
Learn from any and all preachers, but don’t try to imitate them. We’ve all got to get to a point where we realize, “This is who I am.” I’m not Lloyd-Jones. You’re not Piper. Seek to become increasingly comfortable with your own style and voice.
Invite constructive criticism, but don’t become preoccupied with it. Whether it’s about your inflection or a potentially distracting tic, your spouse, friends, and fellow preachers will be extremely helpful in fine-tuning your preaching. Remember, however, this advice from John Stott: “It is essential to cultivate self-forgetfulness through a growing awareness of the God for whom and the people to whom you are speaking.” The only way to do that is to do the following:
4. Consistently Find Your Identity in Christ, Not in Your Preaching
The gospel you preach must define you. You need to taste it to know that it is good. What else will sustain you through your first 100 sermons, which are not likely to be very good?
You must keep preaching the gospel to your own heart so that you do not get your identity from preaching. You cannot rise or fall on evaluations of your performance. If you feel good when people complement your sermons but feel terrible when you think you’ve dropped the ball, preaching itself may be functioning as an idol.
Ultimately, we need to work towards the goal that Paul speaks about in 1 Timothy 4:10: “For to this end we toil and strive, because we have our hope set on the living God”—-not on our preaching, sermons, or ministry.
*This article was first published on the Gospel Coalition website in May 2012
About the Author
Stephen Um
Stephen Um (PhD, University of St. Andrews) is senior pastor of Citylife Presbyterian Church in Boston, Massachusetts, the president and executive director of The Center for Gospel Culture, and a Council member of The Gospel Coalition. He is the author of Micah for You: Acting Justly, Loving Mercy. He and his wife, Kathleen, have three children.