教会開拓への招きを確信して

キリストに身を委ねた日以来、神に仕えたいという思いは私の内で確かだった。しかしまさか自分が牧師になるとは思ってもみなかった。いや、頭をよぎった事はあったが、私には向いていないとその思いを打ち消した。牧師の役目は堅苦しく不自由に思えて、正直自分にはピンとこなかった。教会にはただ牧師という肩書きで示される存在よりも説得力のあるキリストの証人が必要だ、そう思っていた。

ジェイ・カイルを偲んで

1977年、バージニア州の私たちの小さな教会は初めて宣教会議を開きました。その会議で22,000ドルという、私たちにとっては莫大な献金が集まったので、アメリカ長老教会の宣教部門ミッション・トゥー・ザ・ワールド(MTW)に連絡し、「もっと多くの宣教師を支援したい」旨を伝えると、ジェイ・カイルとモーリーン・カイルを紹介されました。

爆撃で目を覚ます:ウクライナの教会開拓者の祈りと忍耐

昨日の早朝5時半、私はある電話で起こされた。昨年の夏にウクライナ東部の都市ドニプロに教会開拓に送り出した私たちの教会の副牧師からの電話だった。「これからそっちに帰る、街への爆撃が始まった」。眠気を振り払いながら、すぐに現地のニュースサイトやソーシャルメディアにかじりついてこれが単なる一つの事件ではないことを知った。全国の主要都市が空爆されていた。

悔い改めと心の刷新

私は神奈川県で牧師をしています。2016年から、地域のコミュニティセンターやカフェなどを借りながら教会を開拓しています。今ちょうど5年が経ったところですが、これまで本当に多くの方々に支えられて来たことを実感しています。特にCTCJをはじめとし、福音中心のコミュニティでの交流には大いに励まされています。そういった励ましがなければ、早い段階で教会開拓を諦めていたかもしれません。

祝福の源

私の育った新潟では江戸時代の良寛という禅僧が有名で、アニメのテレビCMがよく流れていました。どんなCMだったか記憶をたどってみると、歳をとった良寛さんが村の子供たちとお寺の前で鞠をつきながら一日中平和に遊んでいると言うもの。今考えてみると、CMとして何を伝えたいのだろうと考えてしまうものでした。

しかし現在、クリスチャンとなった私がそのCMを振り返り、思い浮かぶのは、人は難しいことを話したり、正しい教えを伝えるよりも、一緒に遊ぶこと、一緒に時間を過ごすことの方がもっと強い影響を与えられるのではないかというものでした。