祈る教会 

現代の米国キリスト教会はまさに混沌の中にあります。文化との戦いに疲弊し、次世代は世俗的な誘惑にさらされています。私が住んでいる北東部では、クリスチャンホームの子供たちが成人しても信徒であるケースは稀です。キリスト教文化という拠り所を失い、私たちは一般社会の価値観(ナラティブ)に影響を与えることさえできなくなっています。

福音中心的な文脈化(2)漫画「Naruto」の例

前回は、福音を自分自身の存在、人生、自分自身の『文化』にどう文脈化していくかを学びました。福音の贖いのストーリーの5つの要素(創造、堕落、贖い、刷新、そして完成)を自分自身に当てはめ、以下のような質問を問いかけながら、福音を適応してみました。

師匠を偲ぶ

師匠の訃報を聞いた。

私は一時期、この師匠から日本舞踊を習っていた。正確には賛美舞踊というこの師匠オリジナルの芸事だ。戦前、人形問屋が並ぶ下町から師範学校附属小に通い、歌舞伎や落語など古典芸能に親しみながらも、自由で実験的な発想を持ち合わせるこの師匠から私は多くを教わった。