「なぜシティカタリストに?」

「私はなぜシティカタリストになろうと思ったのか?」

この問いかけに答えることに長く時間がかかりました。その理由は私に“答え”がなかったのではなく、私に“キレイな答え”がなかったからです。

“100%カフェ、100%教会"

昨年末、アリステア・チウ(City to Cityの信仰と仕事のカタリスト、アジア太平洋地域担当)夫妻がカフェThe Bridge を併設するヒズ・プレゼンス・チャーチを訪問しました。この教会を開拓した橘直己・ひろ子夫妻はCity to City Japanが2022年に京都で開催した日本インテンシブトレーニングに参加されました。(直己さんによる記事ひろ子さんによる記事)

アリステアさんが今回の訪問を振り返って寄稿してくださいました。

牧師の人生

牧師にとって、良い幕引きとはどんなものでしょうか。これは私が数年前、競技場で「賞」を得られるように走りなさいというパウロの勧め(1コリ9:24)について思い巡らしていた時に浮かんだ疑問です。牧師がいわゆるキリスト教界の 「殿堂入り」を果たすにはいくつものハードルがあるということでしょうか。改宗者や受洗者の数、経済的な成功などに基づいて与えられるポイントのようなものがあるのでしょうか。

宣教へ押し出される説教

「自分も福音を伝えたい、何かそういう働きに関わってみたい」と聴衆が積極的に思う。そんな説教があるとしたらいったいどのようなものでしょうか。もし若い説教者が日曜礼拝は単に求道者向けの伝道イベントではなく福音を中心として語る場だと思うなら、この世界で失われている人に届きたい、仕えたいと教会全体が思うようになるためにどんな説教を語ればいいのでしょうか? 具体的な方法を挙げてみましょう。

シティカタリスト in 千葉

CTCJで「シティ・カタリスト」という言葉を初めて聞いた時、その意味が分からず、辞書で調べたほどでした。カタリストという言葉には「触媒」とか「変化・反応を促進させるもの」といった意味があります。それでなんとなく「シティ・カタリスト」のイメージはつかめてきましたが、具体的にはどんなことをするのか、その役割が分かりません。色々と考えていくうちに、同じ都市で活動している牧師たちと交流し教派を超えて協力し合うことかなと思いました。それぞれ神学的な理解の違いがあるので一緒に礼拝をするのは難しいかもしれません。でも福音を伝えるために一緒にイベントを開催したり、互いの問題や課題などを分かち合って、祈りあうことはできるんじゃないか、などと考えました。けれども、手始めに何をしたらよいか考えあぐねて、なかなか行動に移せませんでした。